読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

光るものしか

第一夜

お菓子につくオマケがすきだ。シールやカードつきのウエハースや、フィギュアのついたチョコエッグ。これらを購入する消費者の殆どがそうであるように、私もまたオマケが欲しくて買っている部分の大きい。オマケに関する最も古い記憶は、幼稚園のときに集めていたビックリマンシールで、当時のコミュニティでは「光るものはすごい」という認識があり、さらにはそれが「光るすごいものを持っているヤツはえらい」というところにまで発展していた。光るものしか欲しくない。

 

ところがそうは上手くいかないのが人生(ビックリマンシールと読む)である。光っていないものや、なんじゃコリャと頭を捻りたくなるようなヘンテコなキャラクターのシールの方が断然当たりやすい。光物至上主義者である我々は、当然そのようなシールには見向きもしない。しかし親からしてみると、光っているものも光っていないものもビックリマンシールであり、我が子が光らないビックリマンシールをぞんざいに扱っているのを見ると「もう買ってあげないからね」ということになる。

 

そこで我々は知恵を絞った。そこいらへんに光らないシールをぞんざいに放って置くのではなく、台帳のようなものを拵えることにしたのだ。光る大切なシールは手元に置いておき、一方光らないへぼシールはシール本来の機能に着目してノートに貼り付ける。親の目にはこれが「オヤオヤ 綺麗に並べて貼り付け 大切にしているのだな」という風に映る。次のビックリマンシールへの道が拓けるという訳だ。

 

 まぁ結局これが裏目に出て、ある日光るほうのシールばかりを親に捨てられ、シール台帳だけが手元に残ったのだけれども。何かの教訓みたいになっちゃったな。