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ホテルと嵐

以前ホテルのラウンジ兼バーでアルバイトをしたことがあると書いた。いくぶん雰囲気のあるホテルで、近くに大学があるにも関わらず、来店する顔ぶれの中に学生はまず居なかった。何故ならコーヒーを1杯飲むだけで1000円もかかる。学生はおしなべてお金を持たない。それなら普通の飲食店でごはんを食べるほうがマシだと考えるのも頷ける。かように知り合いが全く来ないので、当時私は割にたのしく働くことができていた。 

 

印象に残っているお客さんがいる。ミズノのポロシャツを着た年配の女性で、その日お店はノーゲストだった。婦人はひととおりメニューを眺めたあと、サンラータンメンを注文したと思う。食事が到着し、婦人の元へ運ぶと冷たい感じて「ありがとう」と言われた。お礼も言わずにふんぞりかえったままのお客さんもいたりして、彼らに比べるとお礼を言ってくれるだけまだマシである。ここまで書いて「どこか印象に残るようなところのあるかな?」と不思議に思うかも知れない。

 

違和感は食事を始めてすぐに現れた。しきりに咳払いをするのである。それだけに留まらず、使い込まれて分厚くなったノートに、どうやら何かを仔細に書き込んでいるようだ。気にはなるが、あまりジロジロ見るのもいけない。婦人が食事を終えたので、食器を下げようと近づくと「ノートを整理したいからしばらくお店にいてもいいかしら?」と話しかけられた。私はお気になさらないで大丈夫ですよと言い残し、もとの位置に戻った。それにしても咳払いがすごい。そして相変わらず何かを書き込んでもいる。

 

そこで私にひらめくものがあった。もしや店員の接客や態度をチェックし、書き込んでいるのではないだろうか?その中にきっと「執拗な咳払いに対する店員の表情の変化」だなんて項目があるに違いない。そんな妄想をムクムク膨らませていると、勘定を済ませて婦人は帰ってしまった。私の「執拗な咳払いに対する店員の表情の変化」はどのように評価されたのだろう?コッソリ合いの手を入れるように咳払いをしてみたりもしたのだけれども、気づいてくれていたかな。