言葉の捉え方

高校生の時から「頑張って」という言葉が苦手で、人から励まされる時や、逆に自分が他の誰かを励ます時にはいつも頭を悩ませた。仲のあまり良くない友人たちへはスンナリ「頑張ってね」と言えるものの、親密度が高まるにつれて言いづらさは増していく。どうしたものかな。

 

ところが思考を停止し、「もう何も言うまい」とだんまりを決め込んでも評判が悪い。「励ますことすらできないのか」とか「心がつめたい(やはり体温も低いのだろうか?)」だとか叱咤される。だからどうにか激励をと試みるのだけれども、心がこもっていないからぎこちない。兎角に人の世は住みにくい。

 

しかしあれから幾年か経た今、いつのまにか「頑張って」に対する苦手意識を克服していた。言葉の捉え方が変わったのであろうか?

 

この話が示す教訓は「ぷつぷつむつかしいことを言って悩んだとて時間の無駄である」ということです。